奈良市西笹鉾町

からだの変わり方

 

暮らしが変わるとからだが変わる――。あたりまえのことですが、 暮らしが大きく変わった時は自分のからだを見なおすいい機会です。

よく分かる変化

柳生街道

からだの具合を整えるため、月が替わると整体を受けに来る女の人がいます。 この人のからだを見ていると、その変わり方がとてもよくわかります。Qさんが "朱鯨亭" に通ってくるようになってもう一年近くになります。Qさんのからだは50代という年からすれば、 シャンとしているほうです。骨のゆがみなど、あまり見られません。

ところが、Qさんのからだがとても荒れている感じを受ける時がありました。 どこに 「荒れ」 が見えるかといいますと、腰が少し傾いている、背骨の一部がゆがんでいる、 からだのあちこちが硬くなっている、などといったところです。どうしたのだろう?

尋ねてみると、娘夫婦がわけありで転がり込んできて、 彼らとお孫さんの世話をすることになってしまった、という話です。 小さいお孫さんをだっこするだけならまだしも、娘夫婦が働いているので、食べることの世話までさせられる。 たいへんなんです、とおっしゃる。こまごましたことまで皆まわってくるという。 なるほど、それがからだに出ているのでしょう。

変化が身体に出る

Qさんの場合は、変わり方がたいへんはっきりしていました。こんなにはっきりしていなくても、 大なり小なり暮らしの変わりようがからだに現れるのは確かです。それは不思議なくらい。 もちろん、そんなことには気づかずにみんな暮らしています。でもからだに変化が出ます。 私自身のからだの具合を見ていても、このことはよく分かる。

ところがこの前、Qさんのからだがとても穏やかな感じに変わっていました。 何か暮らしが変わりましたか、と聞いてみると、やっと娘夫婦がマンションに出て行きました、 という話です。なるほど、とうなずきました。

こうした変わりようは、だれのからだにもあるはずです。ただ、それを本人は感じていません。 背中が痛いとか、腰がはるとか、肩がこるとか、そんな風に言い表しています。

バランスの中心

からだのバランスには、<空間バランス> と <時間バランス> の二通りがあるようです。 <空間バランス> は、からだのあちこちがどんな釣合いを保っているか、という点にあります。 足のバランスが首のバランスに影響するし、全体としてもバランスを保っていることになりますね。 これが崩れてくると、どこかが痛くなったりしびれたりする。

崇神陵古墳のノハナショウブ

これに対して <時間バランス>は、からだがどのように変わってきているか、というバランスです。 仮にからだが変化していく期間として週単位で考えてみましょう。先週から今週にかけて何かイベントがあって、 大きくからだのある部分が変化した。しかしからだ全体はそれについて行けない。そんな時に痛みのような症状が出ます。 また、バランスを回復させようとして、無理な整体をしすぎたとすると、今週から来週にかけて、 からだがついて行けない状態になってしまう。徐々に変化して行くのなら、少しずつ順応して行けるかもしれません。

Qさんのからだを見せてもらっていると、<時間バランス> の中心が、どこかにあるのではないか、 と考えさせられます。Qさんのからだはつねに変わり続けています。 その変わり方がうまくバランスをとる軸がどこかにあるのではないか。ちょうど回るコマがゆれながら、 ほぼ同じところにとどまり続ける感じです。でもコマは、少しずつ動いていきますね。 身体もそのようなものではないだろうか。

整体のわざは、コマが変な方へ傾きかけた時に、 もとのバランスにもどるようにちょっと押してやることではないだろうか。ところが、 痛みさえなくなればいい、というのでしょうか。例えば、ぎっくり腰の痛みが止まればもう来なくなる人がいます。 残念なことです。「のど元すぎれば、熱さ忘るる」 と "いろはカルタ" のようなことをしていると、 またしても同じような痛みを繰り返すことになりかねません。