奈良市西笹鉾町

整体と音楽

 

整体に取り組んでいる時、朱鯨亭では 静かな音楽を流しています。人の声は集中を妨げることが多いので、声の入った曲はほとんどありません。 こんな音楽が聞きたいというご希望があれば、CDがある限りリクエストにお応えします。

朱鯨亭で聞く音楽

整体の時に朱鯨亭でかけている音楽には色々なものがあります。 さきごろ亡くなった宮下富実夫(1949-2003)のヒーリング・ミュージックが流れていることもありますが、 時によってはハープの独奏によるフレデリック・ショパン Fryderyc Chopin(1810-49)の小品であったり、 ピアノの独奏による ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart (1756-92)のソナタであったりします。 デンマークのフルーティストが吹く木製フルートの独奏はとても安らかな響きですし、 フィンランドのカンテレという珍しい民族楽器の音には、なつかしい響きがあります。

そうかと思うと、インドの古典シタール音楽であったり、あるいはビル・エヴァンズ Bill Evans (1929-80)の弾くジャズ・ピアノであったり、アストル・ピアソラ Astor Piazzolla (1921-1992)のバンドネオンであったりもします。 ブライアン・イーノ Brian Eno(1948-)の 「空港の音楽」 などという、 今では珍しい環境音楽がかかっているかもしれませんし、 タンジェリン・ドリームの静かなロック・ミュージックのかかっている時があるかもしれません。 時にチベットのお経などという珍品がかかっていても驚かないでください。

青年の日の音楽

カスパール・ダーフィト・フリートリヒ 「浜辺の修道士」

そうした音楽のエピソードの一つ。もう40年ほど前、高校生のころ私は神戸に住んでいました。 父親の影響で古典音楽に親しんでいた私は、時に大阪までバーゲンの安いLPを求めて出かけることがありました。 ある時、千日前のレコード店で一枚のLPに目を止めました。荒涼とした浜辺に一人の男がぽつんとたたずんでいる。 孤独なほの暗い絵です。後期ロマン派の作曲家グスタフ・マーラー Gustav Mahler(1860-1911)の 「交響曲第4番ト長調」 のLPでした。

少年であった私は、この特異な絵に何か感じるものがあったのでしょう。 もちろん絵に強い関心があるわけではないただの高校生に、この絵がだれの絵か分かる道理がありません。 ただ、そのころすでにマーラーの 「交響曲第1番」 のLPを持っていて、よく聞いていましたから、 マーラーという人に興味はあった。「第4番」 がどんな曲かは知らなかったのですけれど、 ともかくこのLPを買い込んで帰宅しました。
EMI 67035

そしてこれがたちまち私の愛聴盤になった。以来、オットー・クレンペラー Otto Klemperer (1885-1973)指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏するこの曲を 何度聴いたか分りません。今もときどき口ずさんでいることがあります (今ではEMIのCDに復刻されています)。

さて、ジャケットのほの暗い絵が誰の手になるものかは、ずっと分からないままでした。 それがドイツ・ロマン派の画家カスパール・ダーフィト・フリートリヒ Caspar David Friedrich (1774-1840)のものであると知ったのは、 それから四十年近くが経ってからのことです。 近くの図書館でドイツ・ロマン派の絵画を扱った画集をぱらぱらとめくっていた時にこの絵を見つけ、 目が釘づけになったのでした。題名が 「浜辺の修道士」 であると知ったのも、この時のことです。 ああ、これだったのか、と千日前のレコード店でジャケットを眺めている少年時代の自分が すぐに浮かんできました。

私の 『整体入門』

『整体入門』 ちくま文庫版  

話は変わりますが、野口晴哉(はるちか、1911-76)の 『整体入門』 という本は、 私が初めて手にした整体の本でした。30年近く前のこと、奈良市に住んでいた私は、 市立図書館(当時は福智院町にありました)の古い建物で、この本の初版を見つけました。 そのころ別に整体に興味を持っていたわけではありませんでしたが、ぱらぱらとめくってみて、 何だか奇妙な本だなと思ったのでしょう。しかし惹かれるものがあったに違いありません。 もう一冊、野口さんの 『風邪の効用』 という本もありました。この二冊の古ぼけた本を 借りて帰ったのを覚えています。 二冊は今、ちくま文庫で復刻されています(最近、晴哉先生のおつれあいであった明子さんによる 『回想の野口晴哉』 という本も、ちくま文庫から出ましたね)。

家に帰った私は、さっそくこの本を熟読して、そこに解説のある 「活元」 を試しにやってみた。 これは面白いと思いました。それから何度も何度も繰り返しました。やればやるほど動きが大きくなって、 そのうち人にも勧めるようになりました。これが、私の整体入門です。

人生は必然で貫かれている

整体に興味をもった私は、そのあとアマチュアとして整体に取り組み始めます。 それから、やはり数十年を経てから知ったことですが、野口先生は東京の道場で 活元運動を指導される時、 よくLPレコードをかけていらっしゃったそうです。その曲目はマーラー 「交響曲第4番」 の 第一楽章であったと、 野口先生の弟子であった岡島瑞徳さんが著書に書いています。この曲が使われたのは、 「曲想が牧歌的で明るく、内向的ではない」 からだったそうです (ただしこの曲は第四楽章になると ソプラノ独唱が加わります)。

こんな具合で、私がマーラーの 「交響曲第4番」 を知るようになったのは偶然の結果でした。 野口晴哉の 「整体入門」 を知ったのもそうです。それから数十年、二つのまったく違う青年期の体験 (フリートリヒの絵を含めると、三つの体験といってもいいかもしれません)が、 長い年月を経てぴたりと結びつくとは、ほんとうに不思議なことがあるものです。 人の人生は、必然で貫かれている という意見がありますけれど、 岡島さんの著書で野口道場のエピソードを読んだ時、電撃に打たれたように、 その必然を思ったものでした。

いま振り返ってみると、将来わたしが整体と取り組むことは、すでに少年の日に 大阪・千日前の 「ワルツ堂」 レコード店で決まっていたように感じられます。あの日がなつかしい。 フリートリヒの絵をみて不思議な気持ちになったあの瞬間を今でも鮮明に思い出します。 何かに促されるようにして私は聖徳太子の千円札を一枚出した。でも、 そのレコード店も今は消えてしまいました。

(今でこそ多くのCDが出ていますが、野口先生がご存命のころ、この曲のLPというと、 「ブルーノ・ワルター (1876-1962) 指揮ニューヨーク・フィルハーモニック」、 「オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア」 のどちらかしかなかったと思います。 ワルター青年は直接マーラーから指揮の薫陶を受けましたし、 クレンペラー少年はウィーンの街を歩くマーラーを見かけたと書き残しています。 野口先生の愛聴盤がそのいずれかは分りません)

(06年10月改訂)