奈良市西笹鉾町 |
対称と非対称
人のからだは見かけの上で右と左がほぼ対称です。ところが内がわはそうでないものが多い。 どういうわけでしょうか。(このページは何でも考えてみるのが好き、という方がお読みください。) おもては対称・なかは非対称からだは右と左が対称なものと誰もが思いこんでいますけれど、ではなぜか、 と聞かれると誰も答えられないでしょう。宇宙の厳(おごそ)かな力でそうなったのかもしれませんが、 不思議といえば不思議です。ぴったり対称ではなく、わずかに揺れのあるところが心にくい。
からだの 外がわは対称 ですが 内がわは非対称 であることが多い。 心臓や脾臓(ひぞう)、胃はやや左寄り。肝臓や十二指腸は右寄りで、いずれも対称なところにありませんし、 形も対称ではありません。すい臓はだいたい真ん中あたりにありますけれど、やはり形は対称ではありません。 小腸や大腸も対称ではないし、虫垂は右にしかない。 総じて 消化器は非対称 だといってもいいでしょう。 とはいえ対称なものもあります。肺や腎臓は右と左にありますし、 形もまずまず対称になっています。それから卵巣・子宮・精巣といった 生殖器は対称 ですね。 これも何かわけがあるのでしょう。なぜこんなふうなのか、すぐに答えが出るわけもありませんが、 答えらしいものが感じられなくもない。からだの内側と外側とで別の力が働いて出来上がって いると考えればいいのではないでしょうか。そして消化器と生殖器にも、 何か違った力が働いているのかもしれません。 対称を決める力化学で 「旋光性」(せんこうせい) というとらえ方があります。 何だか難しそうな話ですみません。でも難しい話ではなくて、たとえ話ですよ。 化合物を作っている原子の種類や数はまったく同じだけれど、 ちょうど右手と左手のように対称になった二通りの並び方(分子の構造)がある時、 「右旋性」・「左旋性」 と呼んで区別しています。 また物理学では 「パリティ」 という考え方があって、粒子に右と左の区別があることを示しています。 ところが、この区別の破れていることがある。右と左とがかならずしも対称でないことがあるという。 人のからだも、このような粒子や分子でできあがっているわけですから、こうした分子や粒子を 支配している力にやはり支配されているはずです。 でも、どのような働きで対称が生まれたり破れたりするのかは分かっていない らしい。 今のところは、どこまでも不思議といえば不思議だとため息をついているしかないようです。 ただ、対称と非対称とが違った力の働きで生まれていることだけは 仮定していいんじゃないでしょうか。
対称と非対称とがあるというわけで、私たちのからだには何かわからないけれど宇宙の厳(おごそ)かな力が働いていて、 あるところは対称、あるところは非対称ということになっています。 肺や腎臓は右と左が対称、生殖器も右と左が対称、それにたいして、胃・すい臓・肝臓・小腸・ 大腸といった消化器の系統は非対称になっている。これがなぜなのかは、しっかり考えることが 必要ですが、今のところ手がかりになりそうなことを言っているのは私の知るかぎり、 ルドルフ・シュタイナー Rudolf Steiner(1861-1925)ですね。 彼にはどうやら感覚を超えてものごとをとらえる見事な力があったらしい。 彼の本は他に例のない独創を示しています。ただし決して読みやすくありません。 訳が難しいということもありますし、独特の考え方がつかみにくいこともあります。でも、 いったんそれになじんでしまえは、やさしいことを言っているのではないか、とも感じます。 詳しいことは彼の本にあたっていただくとして、人のからだが単なる物ではなく エネルギーのかたまりであることを、彼はあたりまえのこととしてとらえていました。 私たちのからだは物であり、同時にエネルギーでもあります。ですから、からだの健やかさについて考えるときには、 物としての健やかさだけでなく、エネルギーとしての健やかさ を考えることが大切です。 私の勝手な想像を申しあげると、「物としてのからだ」 と 「エネルギーとしてのからだ」 とが 違った力によって動かされていて、それぞれが対称と非対称をうむ力を持っているのではないでしょうか。 いずれにしても、見た目でからだが対称になっていなかったら、 何かまずいことが起きているかもしれない、と考えられます。 あなたの顔は対称が保たれていますか。頭の形はどうですか。見た目には対称になっているようでも、 手で触ってみると、いびつになっていることが少なくありませんから、よく確かめてみてください。 | ||
| 2006.10 |