鎖骨というバランス

篩(し)骨がどこにあるか分からない人でも、鎖(さ)骨ならすぐに分かるでしょう。肩を見る時に大切な骨です。

kisotengai
奇想天外(ウェルウィッチア科)

鎖骨と肩甲骨

鎖骨を内側に辿(たど)ると、のどの下にグリグリが二つあります。鎖骨と胸の中央にある胸骨とが関節になっているので、胸鎖(きょうさ)関節と呼ばれています。動かない関節ですかと言われそうですけれど、わずかでも関節は動きます。どちらかのグリグリを押さえてそちら側の腕を背中に回して見ると、わずかながら動くことがわかるでしょう。ところが胸鎖関節を押さえると痛む(「圧痛」がある)人がけっこう多い。上が痛む場合と内側が痛む場合が多いと思います。

骨にズレがあって、どこかが痛む場合、痛む方向にズレています。この場合は鎖骨が内側にズレています。胸骨側の受け口が浅いためでしょう。鎖骨に何か無理な力がかかるとすぐにズレやすいのだろうと考えます。例えば重いリュックを背負うような場合がそうです。内側むきにも大きな力がかかりますから、ズレるかもしれません。

何が原因かは別として、これが内側へズレるとどうなるか(上にズレた場合については、すでにどこかに書きました)。鎖骨が内側へズレます。すると、鎖骨は肩のところで肩甲骨とつながっていますから、肩甲骨も一緒に動きます。肩甲骨が前にせり出してくることになります。すると、肩の前に圧痛が出てくるかもしれません。それから背中にある「天使の羽根」と呼ばれる部分も前にせり出します。つまり肩甲骨の本体が外に寄って、内側が浮いてくる。

背中を見ると肩甲骨の内側が浮いて出っ張っている人があります。こういう人の肩甲骨は、肩のところでやや前に出て、しかも胸鎖関節がズレている可能性があります。すると、鎖骨のところにいつも違和感があって、うっとうしい感じになっているか、肩がいつも凝っている状態になっているか、どちらかですね。いずれにしても、すっきりしない状態を抱えることになります。一言でいえば、肩こりの原因の一つは、これです。あくまで原因の一つですが。

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バオバブの種子(パンヤ科)

同じ側に掛け続けると

この問題を抱えた人が来られて、興味深い例を見せていただきました。中年男性Mさんとしておきましょう。Mさんの問題は主に腰だったのですけれど、それはさておいて再び鎖骨の問題。腕を回す時に肩が少し痛むという訴えです。それは肩の問題で、鎖骨の問題じゃないのではないか、といわれるかも知れませんが、肩と鎖骨とは直結しています。腕のついている場所(つまり肩の端)は鎖骨・肩甲骨・上腕骨という三本の骨が寄り集まっている場所ですので、この三本の骨はたがいに大きく関わりを持っています。「肩といえば鎖骨」とか、「肩といえば腕」とか、そんなふうに思っていて間違いありません。

脇の下を触って見ると、拘縮(こうしゅく=硬くなっているところ)があります。読者のみなさんも脇の下、特に奥の方をつかんでみると、硬くなっているところが見つかるかもしれません。よく動かすところであるだけに、下半身の股関節と同じように、ここも疲労のたまりやすい場所です。四十肩の人の脇の下を押さえてみると、カチカチになっています。

Mさんの脇の下の状況を見て、どうしようかなと考えつつ、こういう例では肋骨の問題があるはずだと背中の下の方に手を触れてみますと、肋骨の下の端が通常の位置より少し上になっているように感じられます。感じられるというのは、物差しで計ったわけでなく、何となくいつもの感じと違うという漠然とした感じ方です。

余談になりますが、この「漠然とした感じ」は重要なことが多い。身体の状態は一人一人違っていますから、物差しで計れるような事柄はむしろ少なく、「漠然とした感じ」が大切です。漠然とした感じから、どれだけ共通性を引き出すことができるか。これが観察の要点といってもいいでしょう。

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スターフルーツ(カタバミ科)

身体がバランスを取ろうとする

話しを戻します。肋骨は重みで下がって来ると思われていますけれど、背中の側は上がっていることがあります。これに反して胸の側は下がっています。つまり肩がまるくなって背中がせり上がり、お腹が縮んでいるという状態、「猫背」になっています。猫背は、背中がパンパンに張って、お腹が縮んでいる状態であると言えるでしょう。Mさんの胸鎖関節を押すと、両方に少し痛みがあります。胸鎖関節がズレて肩が前に出ています。そのために肩甲骨がずり上がって横に寄り、背中が張って、お腹が縮んでいます。

まず胸鎖関節を調整しました。調整の仕方は実際を見ていただかないと、文章で書くのは難しいので、ここでは省略しますが、ご自分ですると言われるなら、肘を後ろで折り曲げ、その肘を後ろに大きく蹴りだすようにすると、自分でも調整できる場合があります。これをもう少し細かくやってあげるわけです。すると、そばでご覧になっているおつれあいが、「ここから見ていても姿勢が変わりましたね」とおっしゃるくらい肩の状態が変わりました。たかだか胸鎖関節の状態がわずかに0.1ミリの桁で変化しただけですけれど、それで肩の姿勢が大きく変わるのは不思議に感じられます。

そうして今度は前の肋骨を気持ちだけ押し上げてやる。この変化もたかだか0.1ミリの世界でしょう。このわずかの変化でどうなったか。腕を上げてみて下さいとお願いすると、もう痛くないとおっしゃいます。こういうわずかな変化が身体に変化を与える妙といいますか、ほんとうに不思議さを感じる場面です。Mさんも「信じられないなあ」とか「不思議だな」とか、そういう意味のことをつぶやいていらっしゃったように思います。

この例でわかるのは、鎖骨が身体のなかで一つの要の位置にある、ということです。身体を左右につないでいる骨は何かと考えて見ますと、まずは頭の中にある蝶形骨、上下の顎、それから鎖骨、そのほか小さいものですが、膝にある半月板、足の舟状骨(足首のすぐ先にある甲の骨)などが思い浮かびます。こういうものが、左右のバランスをとる上で、身体の中でたいへん重要な位置を占めているのではないかと考えています。

身体は主に縦軸、つまり背骨を支えにしてなりたっています。それに対して横になっている骨が実は左右バランスを担当しているのではないか、というのが今回の結論です。左右に対称の位置にある骨、肩甲骨とか、骨盤の両側の腸骨とか、そういうものが左右バランスに関係しているのはもちろんですけれど、それよりもさらに微妙なバランスを、横になった骨が担当しているように感じられます。

( 2009. 04 初出 )