背骨呼吸

疲れた時にふっと背中で息をしてみると、早く疲れから回復することができます。たったこれだけのことですから、試してみない手はありません。

passiflora
トケイソウの一種
パッシフローラ・マヤルム

背骨で呼吸する

みなさんは疲れた時にどうするでしょうか。「ああしんど」と、溜め息の一つも出ようかという時です。疲れたといっても体の疲れとは限りません。心が疲れることだってあります。生ビールの一杯も飲みますか。それともコーヒーの一杯? あるいはテレビの前にごろんと横になり、映画か何かを見て気を紛らわすのがいいでしょうか?

野口晴哉(はるちか、1911-76)さんの著書『整体入門』(ちくま文庫)は「背骨への行気」を勧めています。方法はただ「背骨で息をする」。この一言です。少し引用します。

その方法は背骨で息をすること。背骨に息が通ると汗が出てくる。背骨の硬いところは通りにくいが、通ると「可動性」が出てくる。息を通すつもりだけでも、やっていると息が通ることが判る。・・・方法は簡単だが、精神が統一すると体の力はいっせいに発動する。

もう少し詳しく言い換えてみましょう。まず後頭部から首筋を経て背骨に息を吸い込む。そんなところから息を吸い込めるわけはない、と理屈をいう人もいるかもしれません。確かに理屈ではその通りですね。ですから、後頭部から背骨に息を吸い込むような感じでしばらく呼吸を続ける。すると息をしている感じがはっきりしてきて、少し背骨が柔らかな感じになってくる。あるいは背骨が温かな感じになってきます。それでいいんです。吐く時はあまり意識しなくていいと思います。

utsugi
ウツギ

「呼」が先か、「吸」が先か

上のようにメールマガジンに書いたところ、吐く時にあまり意識しなくていいとは「衝撃的だなぁ」と書いて来られた方がありました。「呼吸」は、まず吐く(「呼」)があって、その後に吸う(「吸」)が来ると「呼吸法」の本にはよく書かれています。そして、ほとんどの呼吸法では吐くことが強調されます。できるだけ長く息を吐くように指導される。ところが、私が「吐く時はあまり意識しなくていい」と書いたものですから、「衝撃的」だったのでしょう。もちろん、これには私なりの理由があります。

「吸」が先ではないか

2008年3月に105歳で天寿をまっとうされた医師がいました。塩谷信男さん(1902-2008)です。塩谷さんは「正心調息法」という呼吸法を提唱し、これまで色々な呼吸法があるが、その創始者で長生きした人がない、それは足りない点があるからだ、と主張されていました。自ら「正心調息法」を実践して105歳まで長寿を保ち、最晩年まで全国を講演して歩き、その呼吸法の威力を実証されています。何といっても長寿には説得力があると感じます。

塩谷さんの「正心調息法」は「吸」から始まります。この時に宇宙のエネルギーをいただいているイメージで行う。「呼」の時には、体の中の悪いものが、すっかり出て行くというイメージで行う。詳細は塩谷さんの著書にたいてい書いてあります。「吸」から始める点にユニークさがあります。私が「吸」を重要視する理由の一つは、この呼吸法です。

もう一つは、吐くというからだの動きが、緩むことと結びついていること。心も緩むためには、意識を開放することが必要です。ところが吐くことに意識を置くという行いは、この点に矛盾があるのではないでしょうか。吐くことに意識を集めて、そのことで緊張がないとはいえない。吸う時には、宇宙のエネルギーをいただくのですから、意識して吸うことに矛盾はありません。ところが吐く時は、心から緩みきっていればよい。意識する必要がありません。やってみると、この方が気持ちがいい。意識して吐くのはどこかに緩みきらない感じが残ると思うのは、私の錯覚でしょうか。

begonia
球根ベゴニア

疲れがすーっとひく

さて話しを元に戻しましょう。背骨呼吸の話でしたね。背骨にしばらく息を通していると、疲れがすーっとひいて行くのが分かります。私のストレス解消法は、もっぱらこれ。酒を飲んでしばらく忘れても、翌朝になれば疲れがいっそう募ってくるでしょう。コーヒーなども私はだめです。いっとき良くても、後がすっきりしません。でも背骨呼吸なら、その心配はありません。特に坐ってやる必要もありません。慣れれば歩きながらでもできます。

昨日まで3日間、朱鯨亭に缶詰で講習をしていましたから、さすがに昨日の夕方は少し疲れていました。というより頭の中で自分のしゃべったことがまだ渦巻いている感じです。何時間しゃべり続けたかを考えてみると、恐ろしくなるくらいです。あまり言葉を聞きたくない。帰り道、妻が話しかけて来ても生返事。こういう時は背骨呼吸に限ります。駅への道を歩きながら背骨呼吸をすると元気になってきました。歩きながら10分ほどこれを続けて、元気になったというと、妻は早速すごいこと(中味は内緒です)を言い始めましたが。

野口さんが書いていることを全文かかげておきましょう。

疲労したり、体力の喚び起こしを必要とする時は、背骨へ気を通す。
その方法は背骨で息をすること。背骨に息が通ると汗が出てくる。背骨の硬いところは通りにくいが、通ると「可動性」が出てくる。息を通すつもりだけでも、やっていると息が通ることが判る。その方法は、ただ背骨で息をすること。方法は簡単だが、精神が統一すると体の力はいっせいに発動する。正坐でも倚坐(いざ、腰かける形)でも、立姿(りっし)でも臥姿(がし)でもよい。初めは瞑目してやる。できるようになったら、目を開けたままでもやれる。慣れれば歩行中でも、仕事をしながらでもできます。決断することの遅い人、行動の鈍い人などは特に変わる。病気の経過の遅い人も、栄養物を食べても満ちない人も、これを行なうと、それまでと異なった活気のある体になる。しばらくすると体の中に勢いが湧いてくることが判ります。(野口晴哉『整体入門』ちくま文庫)

この呼吸法によって、宇宙からのエネルギーを体内に取り入れているのだ、と私は勝手に考えています。

( 2008. 06 初出 )