軟酥(なんそ)の法
江戸時代の禅僧・白隠禅師が発明した素晴らしい瞑想法をご紹介しましょう。
醍醐と蘇
「湯葉(ゆば)」という食べ物があります。豆乳を加熱すると表面に膜がはります。これを集めたものが「生湯葉」ですね。さらに乾燥させると「湯葉」になります。同じように、牛乳を加熱すると表面に膜が張ります。これを集めると「蘇」というものになります。
奈良県の珍しいおみやげに「蘇(そ)」があります。時間をかけて牛乳を加熱し、どろっと固まらせたものだそうです。ようするに「湯葉」の分厚いようなものになるわけです。これとは別に「醍醐味」(だいごみ)という言葉があります。この「醍醐」は蘇をさらに熟成させて作られたと言われています。「牛乳」→「蘇」→「醍醐」というわけです。今日の呼び方では「醍醐」はチーズに相当しますが、「蘇」はフレッシュ・チーズというところでしょうか。
話はまったく違いますが、禅宗の宗派に臨済宗があります。江戸時代の初めには勢いが衰えていたそうですが、この宗派に白隠(はくいん、1686-1769)という僧侶が出ました。臨済宗再興の祖と言われる人です。『夜船閑話』(やせんかんな)という著書があり、その中に「軟酥(なんそ)の法」という健康法が説かれています。「酥」はあまり見慣れない字ですが、これは「蘇」と同じと考えていいようです。つまり牛乳を加熱して集めたもの。古代日本では珍重された食品であると言われています。
優れた瞑想法
さて、この「軟酥の法」。健康法というか瞑想法というか、やってみると、大変気持ちがいいので、昔からよくやられているものです。例えば次のサイトにやり方の解説がありますから、ぜひ一度お試しください。頭から足まで5分間ほどの時間をかけ、これを何度か繰り返すとよろしい。また、途中で雑念が起きて来てもかまいません。何度でもその時の位置まで戻して続ければいいだけです。 → http://www.takumidou.com/Health/index15.html
ここでは、白隠禅師の「軟酥の法」の原文から訳したものをご紹介しておきます。出典は、伊豆山格堂『白隠禅師夜船閑話』(春秋社、1983)。
たとえば色彩や香気が清らかで、鴨の卵のような大きさの軟蘇を頭の上にひょいと置いたと仮定する。そのにおいと味わいは何とも言いようもない位すばらしいものだが、それが頭全体を潤し、次第にじわじわと辺りを潤しながら下って来て両肩両肘に及び、両乳、胸と腹の間、肺、肝、腸、胃、背骨、腰骨、と次第に潤しそそぐ。この時、胸中にたまった五臓六腑の気のとどこおり、疝気やその他局部的の痛みが、心気の降下に従って降下すること、水が下に流れるようであり、はっきりその音が聞こえる。蘇は全身を廻り流れ、両脚を温かく潤し、足の土踏まずに至ってとどまる。
修行者はそこで再び次の如く観ずべきである。じわじわと潤しながら流れ下る蘇の余流・支流が、積もり湛え、暖めひたすことは、あたかも世の良医が種々の妙なる香りのする薬を集め、是を湯で煎じてふろおけの中に湛え、自分の臍より下をつけひたすようなものだ。
此の観をなす時、華厳経にいう通り一切唯心造であるから、鼻はたちまち妙香を聞き、皮膚に妙なる軟酥が触れる心地がする。心身快適なることは二、三十歳の時より遥かに勝っている。此の時に当たって、五臓六腑の気の滞りをなくし、胃腸を調和し、おのずから肌に光沢を生じる。もし此の観法を勤めはげむなら、いかなる病でも治らないことなく、いかなる徳も積むことができる。どんな仙人にもなれないことはないし、どんな道でも成就できないことはない。その効果の遅速は、修行者の精進修行が綿密か否かに依るのみである。
事実、白隠はこの行法を繰り返し行ない、自分の禅病(修行のし過ぎによるノイローゼ)を完治させたそうです。今の言い方でいえば、自律神経失調症に効くということになるでしょうか。
( 2009. 09 初出 )