浅い原因、深い原因
ものごとの「原因」とひとことでいっても、浅いものも深いものもあります。からだが歪む原因も同じです。
なぜ歪むか?
「なぜ骨盤が歪むのですか」とか「なぜ膝が痛くなるのですか」とか、そういう質問をよく受けます。そのたびに私は「なぜ」という質問は答えるのが難しいんですよ、と答えます。その人の生活の一部始終を見ているわけではありませんしね、とも付け加えます。「骨盤が歪む原因」が私に分かるわけがない。
昨日の腰痛のYさんは、骨盤が左上がり・右下がりに傾いていました。なぜ傾くのか。ご本人はそれが知りたいところでしょう。その気持ちはわかります。でも答えるのは難しい。決して一つの原因から来ているわけではないからです。例えば、いつもカバンを右肩にかけているから、ということにご当人が気付いたとしましょう。そのことは確かに原因の一つであるかもしれません。しかしそれだけかといえば、そうともいえない。
Yさんが腰痛になった直接の原因については聞きませんでしたけれど、例えば重いものを持ち上げようとした時に腰が痛くなりました、という答えが出てきたとすれば、「重いものを持ち上げる」ということが原因であるのは、間違いありません。しかしそれだけが原因かといえば、決してそうではないでしょう。
Yさんに聞いてみたところでは、横坐りをしていた、椅子に坐るとき脚を組んでいた、などということをご本人も認めています。「横坐り」とか「脚組み」とかによって、骨盤がしだいに歪み、それがある程度は固定していたかもしれません。すると「横坐り」や「脚組み」が間接の原因になっているはずです。「重いものを持ち上げる」というのは、直接の原因であるにすぎません。
浅い原因、深い原因
このように人のからだが歪むにあたっては、「重いものを持ち上げる」といった浅い原因だけでなく、「横坐り」や「脚組み」のような深い原因もあったことになります。深い原因があって、そこへ浅い原因が重なったために歪んだ。すると、Yさんのような人に操法する時には、浅い原因にだけ対応してもダメなことが分かります。もっと分かりやすくいえば、骨盤の傾きだけを修正してもダメだ、ということです。
なぜかといえば、骨盤の傾きだけを修正しても、すでに「横坐り」や「脚組み」で別のところにも歪みが発生しているに違いないからです。骨盤の傾きだけを修正しても、他の歪みがとれていないから、すぐにまた「もどる」という現象が現れます。できるだけ「もどる」ことがないようにしようとすれば、他の歪みも修正しておくことが必要になります。
ここのところが実は腕の見せどころです。浅い原因を取り除くのは難しくないかもしれません。例えば肩の凝っている人に対して、「凝り」という現象を、揉んだり叩いたりして消すことができるかもしれません。ところがそれでは浅い原因を取り除いただけで、深い原因がまったく取れていなければ、すぐにまた凝りはじめます。こういうことを繰り返しているだけの施術が世の中には多いように思います。私自身の操法についても、深い原因がよく分からない場合には、そういうことをやってしまっていますので、けっして笑えません。
遠い原因、近い原因
Yさんの場合、骨盤とその周辺をいろいろ整えましたけれど、最後に肩をみると、両方の肩の状態が違います。捻じれているんです。そこで肩の捻じれをとると、「あっ、すっきりしました」という声が出てきました。肩の捻じれというかけ離れたところの歪みが腰にまで影響していたことが、これで確かめられたわけです。さらに遡ると両腕の差もあることでしょう。
骨盤が傾いていたり捩れていたりする人は、同時に肩も捻じれていたり、両足が揃っていなかったりするんですね。両足の状態がそろうと、全身の捻じれが消えてすっきりする、というのは、しばしば経験するところです。浅い原因だけを追いかけていては、十分な改善ができないということが分かります。
医学の世界も同じようなことになっているのではないでしょうか。腫瘍があれば、それを切り取ることに熱心で、なぜ腫瘍が発生したかという深い原因にまで思いが届いていないのではないでしょうか。たとえ思いを致すとしても、遺伝子がうんぬんという話しで行きどまりです。なぜ遺伝子に異常が発生してくるのか、生活のどこが間違っているのか、食べ物のどこが間違っているのか、あるいは呼吸のどこが間違っているのか、さらにつっこんで、考え方のどこが間違っているのか、まで尋ねないと、本当の深い原因に到達することがないように思います。
ところでYさんは今日、結婚式だそうです。朝に大丈夫ですかと電話をかけてみると、大丈夫です、ということでした。腰痛の花嫁ではサマになりませんから、まずはよかった。Yさんお幸せに。
( 2010. 09 初出 )