「健康」ブームはよいことか?
書店にいくと、健康・家庭医学のコーナーに異様なほどの健康本が氾濫しています。これは何を意味しているのでしょうか。
氾濫する健康本
大阪・難波OCAT東隣のビルに「ジュンク堂書店」ができました。宣伝によれば売り場面積1400坪で、ワンフロアの書店としては最大規模なのではないでしょうか(ただし漫画は別の階)。書店に行く時は、仕事がら整体関係の本を探すことが多くて、そういう時は東洋医学か健康のコーナーに行きます。まったく異なったところに整体の本は分散して置かれているからです。
いつも圧倒されそうになるのは、健康コーナーの本の多さです。東洋医学のコーナーはせいぜい本棚3つほどですけれど、健康コーナーにはいくつ本棚が並んでいるのか数える気もおきないほど。これはいったいナニなんでしょうか。ダイエットはいうに及ばず、ヨーガ、体操法、ウォーキング、食養生、呼吸法、瞑想、家庭医学、指圧、各種健康法、整体・カイロなど周辺の技術。色とりどりにとても探しきれないほどの本が並んでいます。
本を探すのにネットを利用するのも一つの手段ですけれど、それではどうしても漏れてしまう本があります。ネットで探す時はある程度テーマがはっきりしているか、著者が分かっているなどの条件が必要ですが、テーマも著者も予想外の本が大型店で見つかることが少なくありません。ですから仮想書店で買うことがあるものの、やはり大半は現実書店で探すというのが私のスタイルです。
書店の話はさておき、つねづね、この異様な健康ブームにおかしな感じを受けてきました。何がこれほどまで人々を健康に向けて走らせるのか。売れる健康器具、売れる健康食品、はやるジム通い、よく見るウォーキング、そして売れる健康本。これは一体ナニがさせているのだろうか。いつも不思議に思ってきました。自分もその一翼を担っているのかもしれない、と思いつつ。
完全な健康はない
米山公啓・医師の『「健康」という病』(集英社新書)を読みました。この本があったのは健康コーナーではなく、新書コーナーでした。2000年の発行ですから、すでに読んだ人がたくさんいらっしゃるかもしれません。著者のものの言い方は控えめですけれど、色々と常識になっている考え方に対してNOを宣言しています。趣旨をまとめると、次のようなことになるでしょう。各章の題名をまず挙げてみます。
【第1章】 半健康ではいけないか 【第2章】 危険因子はほんとうに危ないか 【第3章】 ダイエットにおける幻想 【第4章】 スポーツはからだにいいか 【第5章】 人間ドックは役にたっているか 【第6章】 薬は効いているか 【第7章】 ストレスはからだに悪いか 【第8章】 健康という欲望
これらにすべてNOと答えると、次のようになるでしょう。これは常識への挑戦ではないかと感じられますが、著者の解説を読むと、なるほどと思います。
▼ 半健康でかまわない。半健康が普通である。 ▼ 危険因子とされるものは危なくないことが多い。 ▼ ダイエットは幻想である。 ▼ スポーツはからだによいとはいえない。 ▼ 人間ドックは役に立っているという証明がない。 ▼ あまり効かない薬が多い。 ▼ ストレスは必ずしもわるくない。 ▼ 「健康」というのは作られた欲望である。
もう少し詳しく書いてみましょうか。まとめの文責は私にあって、ひょっとすると言いすぎになっているかもしれませんから、関心のある方は原文をお読みになることをお勧めします。
● 完全な健康というものはない。今や健康に生きることが人生最大の目的とする幻想が振りまかれている。からだの健康だけでなく、生きる目的も含めて考えることが必要である。
● 例えばコレステロール値が高いと動脈硬化が起きやすいとされる。しかしコレステロール値を下げて長寿になるかどうかはっきりしていない。単純な因果関係で寿命が決まるのではないから、数値に振り回されてはならない。
● 理想体重とされるものに明快な根拠はない。むしろ少し小太りの方が長生きであることを示す数値がある。
● 多くのスポーツはからだによくない。適度な運動がからだにいいとしても、過度のスポーツは明らかにからだを傷める。激しいスポーツをしない僧侶が長生きなのは、長生きのためにスポーツが必要でないことを示している。
● 健康診断が健康のために役立ち、寿命を延ばすという調査は日本に存在しない(個々には役立った例があるだろうが、統計的には役立つといえるデータがない)。公費の健康診断は税の無駄遣い。医療費を増やすだけである。あえていえば、健康診断は病院の経営を助けるために行なわれている。
● 確かに効く薬はあるが、一般に薬の効果は低いもので3割、高くてせいぜい8割の患者に効くだけである。3割程度はプラセボ(偽薬)でも実は効果がある。
● 過剰なストレスは害がある。しかし断続的なストレス(刺激)は必要で、それがなければ退屈な生活になってしまう。ストレスが持続することに問題があるので、ストレスが「溜まる」ということはない。
絶対的健康を求めない
本書の最後におかれた2行を次に引用してみましょう。
―― 「健康」という現代の病気は、多くの人に入り込んでいる。もう一度私たちは、人間は不健康であることが普通であるという、その自覚の上でからだを見つめていかねばならない。
これが結論です。「絶対的健康を求めるかぎり、医療のどこかに商業主義が入りこむ」とも米山さんは述べています。皮肉な見方をすれば、現今の健康ブームは医療関連業界の商業主義が生み出したもの、と言えるかもしれません。
書かれていることの孫引きですが、浜松医科大学の永田勝太郎さんによれば、健康とは「よく食べられ、よく眠れ、排泄に支障がなく、疼痛がなく、たとえあっても苦痛にならず、心理的に安定し、職場や家庭・学校といった社会環境において十分にその役割を果たすことができ、生き甲斐を持って充実した日々を送れること」だそうです。さて、あなたの自己判定はいかがでしょうか。
( 2010. 04 初出 )